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歴史に学び、未来を読む

『月刊 高野山 7月号』にてエッセイを掲載していただきました。

『月刊 高野山 7月号』(2024.6.21 第51号)にて「運は自ら求めるものに微笑む」と題した、加来のエッセイが掲載されました。日本史に登場する多くの英傑の中で、最も運に恵まれたと言わしめる「空海」。ではなぜ空海は運を味方につけ、「私度僧」(官の許可なく僧となった人)から、真言宗を開祖し、高野山真言宗総本山金剛峯寺を建立するほどの人物になったのでしょうか?それには空海の持つ ”運” が深く関係していると加来は言います。

空海は18歳で都にのぼり、「大学寮」に進学。そのまま勉強を続ければ国家上級職の官僚になっていたかもしれないくらい優秀だったそうです。「人間とは何か?」この問題にぶち当たった空海は大学を中退し、襤褸をまとい「私度僧」となり ”人間” を考え始めます。

我流ながら「密教」の全貌に迫ろうとするなかで、遣唐使の一員になることを決意した空海は、官僧となり留学生(るがくしょう)に選ばれるまでになります。それから密教の伝承者・恵果への入門を果たし、たった2年で留学を切り上げ、運よく日本からの使者が渡唐したことにより、帰りの船に便乗し帰国。この間に起こったこと全て、少しでもタイミングがずれていれば成し遂げられなかったと言えるほどに、空海は幸運を享受し、最先端をいく仏法の教義を日本へ持ち帰ることに成功したのです。

「人間とは?」という疑問から宗教の世界に足を踏み入れ、高野山を拝領するまでになった空海。”人間” を求め、探究しつづけたからこそ、運を味方に付けることができたのではないかと思います。

ぜひ、ご一読いただき、空海がなぜこれほどまでに「運」を味方につけることができたのか? お考えいただければ幸いに存じます。

『高野山 7月号』にお声掛けいただきましたPHP研究所 田中美由紀さまに、心より感謝を申し上げます。誠にありがとうございました!

(令和6年6月11日 加来耕三事務所)

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